新しい光って何だろう? 誰が会いにに行くんだろう? 最後の「産科」でそれが赤ちゃんで、パパかママ(おばあちゃんかも)が会いに行くんだろうって分かります。たった17文字で感動のドラマにしたてた素晴らしい川柳です。
定年になったら「何かをはじめよう」という声は多く聞かれますが、作者は「何もしなくてもいいではありませんか」と言っています。黙って定年の駅でひかりに追い越される。そんな姿勢に共感しました。
子供のころ輝いていた父が老いて光らなくなるまでにどれほどの年数と苦労があったことでしょう。作者はそのことに思いをはせています。そう、光らなくなっても「父は父である」後半に万感がこもっています。
喜びを分かちあって糧として、また苦しみも分かち合って乗り越えるこれをくり返して夫婦の絆は強く・太くなってゆきます。そのことを17文字に上手く纏められました。
懐かしい日光写真ですね。しかも写っているのは女の子、「肩ヒモずれた」という表現にドキッとします。青春の思い出でが斬新な表現で素晴らしい一句になりました。
ぎらぎらした太陽には話せなくても静かに光る月ならば、わかります。
今しか光れない時があります。チャンスを逃さないようにしたいですね。
下り坂で昇る陽のなんと暖かい事でしょう。
「わずかな日ざし」の語句が身につまされます。
「十指に光る汗」という表現がやり抜いたことと上手くマッチしていますね。
退院日に「掬う光」とは感謝と明日への希望だと思いました。
子供のころ豆電球を灯しワクワクした自分は正にエジソンでした。
生涯の友となる「言葉」を持つことはとてもいいことです。
ランドセルだけじゃなく「纏う物みんな」が生きました。
途方にくれている人々の「音と光」になれればいいですね。
この無人駅が無くなることがないことを祈ります。
光らないけどそこに在ることだけは良く分かる、存在感があります。
東京の下町の停電でしょうか「江戸の夜」体験してみたいですね。
「光」という文字はなくとも、光っている指輪が見えるようです。
こんなメダルで恩返しが出来たら素晴らしいですね。
こんな瑞々しい感性をもち続けられていることを羨ましく思います。
満天の星、ほんとうに都会では夢になってしまいました。
「光」の題でこの時事吟を作られた着眼点は素晴らしい。
ひとつまたひとつと空き家にともる灯がふえるといいですね。
穏やかな表現のなかに「反原発」を感じさせる良い句だと思いました。
「一つでも」という下五句でクスっと笑ってしまいます。
二人だともっといいですよね。「もったいなくも」でクスっとします。
心の中が輝いていればきっと外見も輝くはずです。
こんな「粒毎」がきらきら光るおむすび、食べてみたいですね。
こういう思いやりを持てる気持ちを大切にしたいものです。