歓呼の声は村々にこだました。今はもう誰も振り返らない。ツバメのねぐらと化した駅。
土中七年地上七日。生の喜びをカラカラ風に鳴る蝉の殻が語る。
知らなかった。卒業の駅の解放感が見せた駅の粋な演出。
振り返ってみると私たち二人を近づけたのは紛れもなく伝言板の白い文字。
何もかも許して受け入れてくれた。時には涙さえ拭ってくれた母という名のふるさとの駅。
これもまた兵どもが夢のあと。兵どもの一人を待つのか朽ちかけた木の椅子ひとつ。
行き交う人はみなマスク。しかし、今日とは違う明日の春の旅立つ駅。心がはやる。
月のしずくを浴びた人参大根、そして旬のもの。生産者の顔をして並ぶ。
ミャンと鳴く。駅長の帽子が似合うこの猫は。ローカル線の昼下がり。
夢を詰め込んだカバンは膨れていた。あれから何年。小さなカバンを抱いて降りた人影ひとつ。
まだ五分ある。発車を知らせるベルに急かされての蕎麦の味。
故郷の駅はまるで母の胎内。ゆったりとそして温かく私を包んでくれる。
あれから長い歳月が流れた。金の卵ともてはやされて。駅は私の出発点。
いくつもの色重ねれば黒色に。喪服は喜怒哀楽を重ね合わせた色なのか。
時の流れは残酷。みんなはどこに行った。口さえ開くことがない冬の駅にぽつんと一人。
心の栄養を補給した駅前書店。「衰退」とは街が本屋を失うことを知った春。
決して降りるつもりはなかった。満開の桜が手招きして私を困らせる。
限りある資源の有効活用。SDGs、私もこの青い水の惑星に住む一人。
考えてみればそうだ。始発の駅も一人、終着駅もまた一人。そのとき手を握ってくれる人は。
「ふるさとの訛りなつかし」停車場は上野駅。啄木の声が聞こえぬか耳をそばだてる。
出征兵士をこの桜木に重ねた日本の歴史あり。歴史を決して忘れるなと満開のさくら。
降りる理由はいくつでも。その中で絶対的なものは安曇野の雪の白。
廃線を嘆くのは地域住民だけではない。旅立ちも傷心も見守ったこの桜も。
都会に着くのはしらじらの夜明け。「ガンバレ」の期待が少し肩に食い込む。
誰が挿したか野菊一輪。牛乳瓶の素朴が野菊と見事に調和する。
喋りたいこと、聞きたいことはいっぱいあったのに。降りねばならぬ駅がすぐに来てしまう。
地下の駅は大飯喰らいだ。里の駅は一人を飲んで一人を吐いたのに。
一体この駅は何人送って何人を迎えたのだろう。歓喜のうらに悲哀もいくつか。
習い性というのはこういうことか。駅には無口な父がいつも。雨の日も風の日も。
蝶の出迎えとは何とも風流。後になり先になる蝶と語らう。あの無人駅のその後は。