それまでは静かな島だった。一本の橋が都会の騒音と嬌声を呼び込み眠らぬ島と化した。
世界地図を真っ赤に染めた新型コロナウイルス。これもまた人類の試練といえるだろう。
よくよく考えての覚悟の上に決めたこと。泣いたら負けの橋の上。決して後ろは振り向かぬ。
今思えば風呂敷包み一つで渡った橋だった。ふるさとの山や川に泣き顔などは、の覚悟。
そういえば隣村は祭りの笛や鉦の打ち方も違う。橋の向こうは一事が万事。
人に与えられた「生病老死」の四苦。それでも今日の日があるのはぎりぎりのところで橋が助けてくれたから。
日本のあらゆるところでどんどん進む過疎化。いっぽんの丸木橋が人と人とをつないでくれる。
乾いた都会では少なくなった人情という人の温もり。この村では丸木橋がそれを運んでくれる。
何という小さな幸せ。自然には時に粋な演出をしてくれる。
いつしか父と母の年齢を超えてしまった。あの日に戻れる虹の橋はいつかかるのだろう。
人は人の手の温もりを感じでその人との距離を縮めた。コロナはその機会さえ奪ってしまう。
偶然の出会いだと思っていたがあれは神の与えた必然だったのか。しみじみ振り返る冬の陽だまり。
ふるさとの川はあらゆるものを浄化してくれる。身も心も。そして来し方も。
今はもう車が行き交うこの橋も幼な友との思い出はゆらゆら揺れるかずら橋。
この橋の向こうに待っているもの。行きつ戻りつ決まらぬ足。誰が名付けたのだろう思案橋。
今来た道に時々迷ってしまうヒト科。つくづく犬の賢さを知るマーキング。
輪の中の温さを覚えて躊躇しながらも渡ってしまう橋。人はなかなか独りにはなれぬ。
後ろ姿にも哀愁を漂わせ「くちなしの花」がしずかに閉じた。残り香が今も。
人は想像の世界に遊ぶのが好きだ。虹が虫偏なのは虹をのたうつ龍に見立てたから。
橋は離れた場所をつなぐ役目だけではない。人のこころも。
橋から見える同じ景色が違って見えるのはこれまで歩いて来た道が違うから。それぞれの希望と失意が交差する。
そんな時肩を抱いて「大丈夫」の声はおばあちゃん。しわくちゃの手が温かい。
戸締まりなど必要ではなかった島だった。訛が聞けなくなって耳に馴染めぬ標準語が。
急な知らせだった。取るものも取り合えずの橋の上。ひたすら祈るしかない子の全治。
水中に隠れてはいるが欄干を支えるゆるぎない橋桁の自負。
仲間の掟。それはこの丸木橋を渡ったものだけが入れる仲間の輪。何度挑戦したことだろう。
みんなで笑い転げた日は遠い日のできごと。夕日の中の孤独は全国いたるところに。
「平和」という名前に実体が伴わぬ橋や公園。「核」が守ってくれるというのも最早幻想に近い。
どこにでもいるそんな人。政治家は手柄をひけらかし名前を売るのが仕事である。
疲れた顔を上げれば橋向こうの風が時々手招きする。隣の芝生はいつ見ても青い。