地産地消が並ぶ道の駅。生みたての卵のようなお国言葉も。
何もかも語り尽くした蝉の殻が風に鳴る。行く人に踏まれぬように。
きっと帰ってくる、と行ったきり。ひの後ろ姿を日暮れの道で今日も待つ。
小さくなった影がまだ手を振る。親子とはこんなところにも表れる一つの景。
いっぱい遊んだという日焼けした五体。夏休みは成長の日々でもある。
この人に付いていくと決めたこの道。陰る日もあったが太陽が照らしてくれたこの道。
何事も自然に逆らわず。道なりに歩けばきっと青い海に出る。
あの日から父の轍に沿って歩くと決めたこの道。父の背に追いつき追い越せ。
路傍の石にも意地がある。名もなく貧しくとも恥ずべきことは一つもない小石。
収穫の秋。太陽と水の助けを借りて踏み出したこの道。それだけではないと大地に揺れる稲穂が教える。
秋の日暮れは早い。いつかそのうちと思っていたが齢を重ねてしまった。人生は遍路道にも似て。
行く先々で蛙が跳ねる。この親切な蛙、誰かの化身かも知れない。
いつもお天道さまに恥じない父の靴音。その靴音がこれからを教える。
母の教えはただ一つ「ひたすらわき目をしないで真っすぐ信じたこの道を」
はるか彼方にのビル一本のこの道。手に握られたのは片道切符いちまい。
小さな木箱収まる小石が一つ。兄の眠るフィリピンに掛かるあの虹の橋を渡って。
じっと手を見る。刻まれた深いシワは来し方と行く末を語る。
これは「雪国」の書き出しか。「雪女」の意外性に拍手をしよう。
厳粛な静けさを玉砂利の音が際立たせる。男の咳払いひとつ。
小さな生き物に注ぐ憐みの情。これも日本人の美の一つであろう。
憧れの道、捨てきれぬ道があるというのに病と闘う日々。きっといつの日にか。
「どの道もローマへ通ず。踏み外したらまたその道に戻る努力をすればいい。
特別な意識もないまま歩いたこの道。目を凝らすと小さな花が。花一輪に背を押され。
旅のらくだは月の光りを受けて。その地の文化はらくだの背に揺られて。
本を開く人を見かけぬ電車内。スマホの画面とにらめっこ。目の前にお年寄りが立とうとも。
吹っ切らせた朝の虹。一徹岩をも砕く、という気概を持って。
どうしてだろう。たとえ茨の道だって。こうと信じた「右」の道。
これまでをふっと振り返る。悩んだ数だけの道がある。それを越えたのは一つの財産、そして自信。
切り出せぬ。月は真上に輝けど。あの上りつめた頂点で切り出そう。
平凡なれど幸せだった来し方のこの道。お蔭て家族も増えたおらが道。